22年

 

piup8

想い出が沢山あるのこの小指

 

寄り添って話を聴いたり聴きだしたり黙していたり。

いっばいいっぱい約束した

この小指

もう悪いことなんかしないよ。

なんて何回約束したことか。

もうそんな約束なんて無いのかも。

22年という年月は実に長かったなあ。

そうは言ってもすぐに過ぎていってしまったような気もする

保護司を委嘱されて22年。

もう体力も知力も気力も薄らいできた私、

一年間、会合等への出席はできないでいた。

今が引き時だ、そう思って5月ころに、

11月30日付の退任の届をだした

強い引き留めはあったけれど私の意思も堅かった(#^.^#)

引き留められる打ちが辞め時なのかもしれないね。

 

歓送迎会の通知が来たけれど、どうしても

出席できず会長にお手紙を書いたら、

その手紙を歓送迎会で読み上げたらしいわ。

会長あてのお手紙だったのにね、

こんな手紙を書いたんです、

 

4

 

会長さんこんにちはご無沙汰しております。

保護司活動も、もう終盤だというのに

欠席ばかりですみませんでした。

右目を悪くして、一年半経ちましたが。

物が歪んで見えてしまう症状は改善されず、

医師から全快は無理という診断を受けてしまいました、

見えずらいので転倒することも多く、四苦八苦しております。

でも、とりあえずは必死に頑張っています。

12月13日にお招きを受けましたが欠席とさせていただきますね。

夜道を歩くことがとても怖いのと右足も踏襲力がないために

最近は補装具を付けています。補装具を装着したまま、

会場に入ることも気になってしまっています。

それと、車いす生活になってしまった主人を

一人にさせることもできず考えた末、

せっかくお招きいただきましたが欠席といたしました。

22年間の保護司活動は、自分のためには、

とてもためなった活動だったと思っております。

難病を抱え十数回の手術をした中での活動でしたが

対象者と面接するという特殊な時間が私に英気をくれました。

そして、楽しく苦しく哀しく時に腹立って・・

そんな時間が今は愛おしいです。皆、孫のように可愛かったです。

対象者はきっと50人から60人接していた思うのです。

あらかた、忘れてしまいましたが、特殊なケースはよく覚えています

最初に担当した時に生まれたあの男の子はもう22歳・・・。

月日の流れを感じ自分が年を重ねたことしみじみと感じました。

今月20歳になる男の子が行方不明のまま保護観察外れます。

ピチッと閉めたかったけれどダメでしたねえ

これから最後の報告書を提出します。

会長さんもあと二年、体調に気を配りながら頑張ってください。

本当は一緒に退任したかったですが、

私の体力は力尽きてしまいました。

本来は肉筆でと思ったのですがも目がよく見えないので

書いたら、ミミズがのたうち回っているような文字になりそうで

こんな形になってしまいました。

どうぞ。健康に留意されてお過ごしください。

         2018年11月28日

SONY DSC

 

そしたら、一人の保護司さんからお電話が有り。

退任の気持ちにとても感動したとと言われたのね

凄い嬉しかった、

でもまさか読んでいただけるなんて

思いもしなかったから、嬉しいやら驚くやら、

でも私の気持ちが皆様に伝わってよかったなあと思ったんです。

久しぶりに「やったあ」嬉しい」の気分になりました。

あと22年生きていかなくちゃ。。(#^.^#)