やはり健康

up700334

 

 

目が悪くなってから、お目目のことを書いてきたけれど

やはり。今回の手術のことも、記憶を記録ということで

ここに書きとどめようとおもった、

 

 

 

私に試練をくれた天の神

 

 

 

 

 

12月半ばころになってから、妙に右目が見えづらくて、

いつも涙がいっぱいのようでよく見えない

だから、右目を瞑ってしまうことが多くて、距離感ががつかめなくて

二回ほど転倒してしまった、痛いのなんのって痛かったなあ、

東飯能眼科の雇われ医師の広川医師は「順調です」と言い続けていた。

院長の稲田医師は12月16日に「右目の孔にレーサーやります」といい、

かなり長時間レーサーをあてた。これもすごい痛かった、

終了後はしばらく立ち上がれなかった。

少しも順調じゃないじゃないのよ。ムカツクーーーたった、

辛いなあ・・と思わず言葉がこぼれれた。泣くにも泣けずじっと我慢、

12月23日、雇われ医師坪内医師に受診・・見え辛いことを訴えるが・・

服部医師がオペしたので、1月6日に服部医師が診察に来るから、

服部医師ににいろいろと聞いた方がいいでしょう・・。其れってあり?

やがて、正月休みで休診になる。

暮れでいろいろやることあるけれど何もする気になれず

ノタノタと動き回って新年の支度をする。

静かな静かな年の暮れ。そしてひっそりとしたお正月が過ぎた

その間、yukioは体調を崩し、介護に明け暮れる

なんでこうなるのーーーーーーーーーーー。だった。

こんなに疲れてさみしいお正月も初めてだ。

マークの散歩に行ったとき、右目だけで見ると

涙がいっぱいあるようで、ぼんやりしてよく見えない、

時には、黒いものに覆われて、見えなくなってしまう。

そんな時は、ドキっと心臓が大きく鼓動する。

だから、そっと胸をなぜる・

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

一体右目はどうなってしまったのか、お月様を見上げても

右目だけで見るとお月様は消えてしまう…。。

そして

1月6日やっと服部医師に逢えた。

症状を訴え、今の目の状態、これからどうなっていくのか聞いた、

以前からあった「孔」レーサをあてていた「孔」は

網膜裂孔というらしい、難しいことは覚えていない、

その裂孔のために網膜剥離を起こしたみたいだった、

「手術します」の一言。

今、入っているシリコンを抜去して、新たなシリコンかガスを注入

注射を何本かして、レーザーもあてます。

もう何でもやってください、お目目がよくなるなら

なんでも受けます…そんな心境になった。

SONY DSC

SONY DSC

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四人の患者がいたけれど、私は一番にやってもらえた・・感謝。

痛いになんのって、今までになく痛かった、注射をよく射しているようで

おもわず「うーー痛い!!」と呻いてしまった

手術の間、いつもなら父母兄たちに「助けてみまもって」と

祈りそして言い続けていたのに、

なぜか今回は、yukioを呼び続けた。

お正月に介護し続けた、yukioに向かって

「頑張るから待ってて、だからyukioも頑張ってね

二人で頑張って生きよう」ってずーーっといい続けていた、

なんでだろうな。不思議な変な感覚だ。

モチロンそんなこと言い続けたなんてyukioには言ってない、(#^.^#)

右目はまだ充血しているけれど、明るくなったことが嬉しい

右目はまだぼんやり見えるけれど黒くならないからうれしい、

この状態がどんなふうに回復していってくれるのか。。

甚だ不安だけれどよくっなていくことを信じよう。

服部医師が手術の最後に打った注射すごいい痛かったけれど

「よし終わりだこれで良し」といった言葉を信じよう、

何かを信じなければ立ち上がれないもの、

今が頑張りどき、乗り越える努力をしよう。

もう一つの大きな試練が待っているから。

そのためにも私は健康にならなければだめなんだ

何が欲しいと聞かれた・・「健 康」それだけなの。