不思議

 

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   春風が頬をなぜる日もうすぐよ

 

人は誰でも言うにに言われぬ重きものを抱えて

歩いて行っているんですねえ。

私もしかり。我が家もしかり。

でも、何かにすがって信じていくって気持ちが安らぐね。

ほっとするものがあるね。

次男は今、

とても重いもの背負って吹雪の中を歩いているような

心が落ち着かない日々を過ごしている。

私はひたすら祈って大いなる力に「助けて」というだけ

先日、父が夢に出てきたんです。

父とはあまりしっくりいかなかった親子だった。

なんでできたの?

どうせなら、「母ちゃん」にできてほしかったよ、

でもね

夢の中で、父はとても優しい笑顔で声を出すように

笑っていて、

傍には次男が腕枕で寝そべっている

部屋はといえばもうすでにない私の生家だった、

あのみんなで遊んだ八畳間。

父はニコニコ笑いながら次男に向かって

「大丈夫大丈夫」って言ってた。

「大丈夫なの」と私が聞くと

「あーーーだいじょうぶーー」と笑っていた。

ついぞ見たこともともないような笑顔だった。

次男は「うんうんうん」となんかうるさそうに返事をしていた。

あーー大丈夫なんだ。。と思ったら目が覚めた。

そのことを次男たちに話したら、

「まじまじえっえっほんとかよ」なんて驚いていた。

次男曰く、

「二日ほど前にお爺ちゃんの話していたんだよ」

「今までしたこともないのに二人で話していたんだ」

「ほんとかよ」と言った。

二人が私の父のことを話していた夜に私は夢を見たみたいだった。

不思議と言えば不思議だ。

嫌いな父だったけれども私たちを守ってくれるために

夢に出てきたんだなと思ったの。

次男が抱えている「重きもの」もきっと軽やかになっていく

そんな気がしたの。

出演料払うから夢にできてと父に問いかけても

中々出てきてくれないわ。(#^.^#)

 

不思議」への10件のフィードバック

  1. こんにちは。
    親の愛とは表現できないものでしょうね。
    自分は親父より母親の方が嫌いでした、苦労はしたと思いますが、
    料理が下手で、おふくろの味が思い出せないですね。
    親父は料理好きでしたね,うまかったです。
    二十歳まではお金に苦労かけたと思います、それからは迷惑かけてないです
    中学までは親と暮らして、あと離れてたからあまり知らないですね。二十歳の時自転車で日本一周する時親父が封筒くれました、お金かなと思ったら、ハガキが20枚入ってました、連絡しろって事ですね、強く思い出に残ってます。時々夢には出てきますね、親父の愛とは何も言わないことかな?

    • 寝拓郎さんこんばんは
      なんかとても胸がキューンとなるような
      思い出話ありがとうございます。
      私も料理は下手何のだけれど
      下手は下手なりに一所懸命作ります。
      きっとお母さんもそうだったかも‥。
      ハニーさんも言われているけれど
      お父さんの「はがき」はお金なんかよりも
      素晴らしい「封筒」だと思いました。
      きっと寝拓郎さんが出したハガキは
      お父さんの宝物だと思います。
      素晴らしいお父さんですねえ。

  2. 父親の思い出はほんの少しだけです。私が小学校一年生の時亡くなり
    母の手一つで私たちきょうだい4人を育ててくれました。
    母が亡くなった年を14年生きています。
    姉、弟、妹、はすでに浄土です。私一人が生かされています。

    前置きが長くなりましたが、(出演料払うから夢に出てきて)
    まあちゃさんの言われるように私も思います。

    寝拓郎さんのお話に(ハガキ)のお話、親の愛情を思います。
    日本一周それも自転車でを ~~読んで感銘をうけました。
    今後とも(よろしくお願いいたします)

    今日はお嫁さんのお母さんの49日の法要でした。
    まあちゃさんインフルエンザに気を付けてください。

    • ハニーさんこんばんは。
      そんなに早くにお別れしたのですか。
      私とは50歳まで近くにいてくれたから
      幸せかもしれません、
      兄弟が逝ってしまうのはとても寂しいですね。
      想い出をたくさん作ろうそう思いました

      インフル・・かからないように気を付けます(#^.^#)
      ドシだからひいちゃうかも…(#^.^#)

  3. 今晩は。
    ただの一度も両親の夢を見たことはありません。

     僕が見る夢は、仕事をしている時や、同僚と飲んでいる夢ばかり。
    僕の頭の中は、24年前から前進していないのです。

  4. ごんパパさんこんばんは
    父が亡くなって23年・・・。
    初めて現れました。
    私が思い悩んでいるから
    異界から夢の中へ出てきてくれたのかもしれません、

    そうそう、
    私も役所の仕事しているころの夢
    よく見ますよ。(^▽^)/っ・・・楽しかったなあ。

  5. まあちゃさん こんにちは。いつも有難う。

    思い出・・・不思議に 嫌なこと は、忘れてますね。
    楽しく嬉しい事 が 思い出として残ってるのかな ?

    私は、夫が逝って丸2年。晩年より若い頃の夢を見ます。
    両親の夢は、見た事ないです。早世過ぎたので・・・
    次男さん達、祖父・祖母さんの思い出があってよかったです。
    家の子供達は、生まれた時4人共他界。祖父母を写真でしか知らないてです。

  6. ekoさんこんにちは
    息子たちは、四人の祖父母に会ってます、
    其れだけ幸せですよねえ。
    想い出は良いことばかり浮かびますよね。
    父のこともいいこといろいろと思い出しました、

    コメントありがとうございます。

  7. 世の中の行事に
    何年たっても
    慰霊祭があるように、
    身近な人たちにも
    手を合わせること
    大切と思う。
    先に
    旅たっても いつまでも
    極楽から
    この世の事を
    シッカリ観ていると思う、
    旅たった方が
    親であれば
    なをさらの事・・、
    普段は
    何も感じなくても
    いつも
    見守ってると思う、
    夢に
    出て来ることは
    極楽から
    「大丈夫」を告げに来たことです。
    先日
    テレビで
    『余命〇〇と医者から宣言されてた人が、それなら その間 めいっぱい楽しもうと、高価なファッションに身を包み、海外旅行を楽しみ三昧』してその時期が来て検査すると その難病が消えていた!
    …という実話を放映していました。
    それを聴いて私は
    朗らかに暮らすことが
    健康の秘訣なのかなと思いました。
    今の私みたく
    心まで風邪をひいて
    脱出できず
    どうどうめぐりをしてると
    血の巡りも悪くなるし
    健康に良くないと思う。
    まあちゃさんの場合
    きっと
    極楽から
    お父様が
    「朗らかに暮らせよ!」
    と まあちゃさんに
    伝えたんだと思う。
    目に見えなくても
    無きお方たちに
    手を合わせること
    大切と思う。
    それが
    ギャラを払うことなのかも・・、

  8. どんぐりさんおはよう。
    沢山の暖かなコメントありがとうございます。
    父が出て来たことに驚いています。
    どんぐりさんの言われるように
    「朗らかに暮らせよ!」元気出せよ守ってるよって
    言いに来たのかもしれないですね。
    出来る限り明るく明るく接しています、
    次男も彼女も電話で笑ってる
    明るければ明るいほども「辛さ」が伝わってしまいます
    奇跡を信じているんです。
    明るく暮らせばきっと奇跡が起きる・・ですよね。

    心が風邪を引いたという表現が心配です。
    とても大変なこと起きたのかな、
    井戸の底に居るのかな。
    這い上がってきてください。
    元気などんぐりさんに会いたいです。

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