一人の少年と話して、思い出した遠い日

 

午前中、義母の施設との打ち合わせで、

アタフタとしていた中で、

15歳の少年と、少し話をしたのです。

彼は、中学を卒業したら、土建業の仕事をやるのだと言う。

いま、実習見習で行き始めたけれど・・・と、

話し始めたのです。。

「スッごく面白いですよう、ユンボの動かし方とかも、教えてくれてえ」

「えっあれって、手みたいな格好したのでしょ」

「そうです、色々覚えろと言われて、楽しいです」

「良かったね。楽しく仕事できるのは何よりだわ」

15歳で社会へ出る彼はこんなことも言った。

「鉛筆握って、机にしがみついているよりずっといいっす」って、

「俺にはこれが似合っている」って

幸い今は、よき理解者に囲まれているようだけれど、

挫折する時もあるだろうけれど、

択んだ道をまっすぐに行ってくれたらなあ・・・

と思ったのです。

そして・・私が15歳の春・・遠い遠い日のことだけれど、

わたしも、15歳で社会へホンノチョット

出たこと思い出したのです。

あのころ、父がコックとして働いてたけれど解雇されて、

お金が無かった時だった。

《まあちゃは高校はいいだろう》そう言われて、15歳の春に

東京のお蕎麦屋さんへ行ったのです。

社会の一員だって。。生意気に思いながら・・・。

けれど、メチャクチャ体を壊して、帰ってきた。

 

そして、亡くなった兄が・・

そう兄は28歳で尿毒症で亡くなったのですが、

父に母に「まあちゃを高校へ行かせてやってくれって」

頭下げたのです。

兄はあのころM大へ行っていたから・・

まあちゃも高校だけはと思ったのかな。

高校なんて、やだあ〜って言ったらね、

思い切り殴られたの。

兄の最初で最後のピンタだったわ。

そして。一年遅れで高校受験して

高校生になった。

 

このことを15歳の少年に話したの・・・そしたら。

「体を壊さなかったら、

東京の何処かのお蕎麦屋さんだったかもですね」

「ああ、そうよね私はお蕎麦屋さんだったかもね」

だから・・・

怪我をしないように、

病気をしないように、

土建業をモノにしようね・・・と

これからは、体が資本だものね

「はい、頑張ってやってみます」

そんな少年との会話はとても楽しかったのです。