帰宅して、

 

今回は、命にかかわるほどの腫瘍ではなかったけれど、

左背部の痛みに耐えられなくなって、手術に踏み切ったのです。

入院が決まった時は、留守になる家を想い、

障害を持った夫の日常を想い

不安ばかりが先立ってしまって、どうしようもなかったけれど。

障害があったって、やれば出来る・・そう想うことにしたのだけれど、

そう言う気持ちになるには、とても時間がかかってしまった。

 

HPで、はじめは、「研修」と言っていたけれど・・・・・

やっぱり、現実をきちんと書こうと想ったのです。

自らを奮い立たせるためにも、正直に書こうと想ったの。

そして、

「入院します」と書きこんで・・・・・。、

また・必ず・開くから待っててね・・・・と私のPCに言って

電源を切った。

 

大きな荷物を持って、玄関に横付けされたタクシーに乗り込みました。

乗り込むときに、ふと見上げると二階の窓から夫が、

左手を振って 「行くの」と言ったの。

「じゃ確り留守番してね」

「うん」

いつもながらの「うん」の返事を聞いて、私は、医大へ向かったのです。

 

今回が8度目の手術だった。

入院するたびに、私は、疎外感に纏わりつかれてしまって。

「どうしてこうなってしまうのだろう」

「もう。嫌だ、何で私ばかり」

「今度は何処が麻痺してしまうのだろう」

「目覚めるだろうか」

なんて・・・いつも想って、孤軍奮闘していたのです。

体に病が巣食うと、気弱くなってしまうのですよね。

あらゆる事が否定的なになってしまうのですね。

自分が、とても惨めになってきてしまって・・・。

 

そして・・・・。

抜糸まで、入院と想っていたけれど、家できちんと

消毒することを約束して、12日間の入院生活を終えて、

私は、帰宅したのです。

そして、待っていたのは、冷凍した食材を上手に食べていた夫と

「まあちゃのぺーし゜」へ書き込まれた温かな言葉の数々でした。

一つ一つ読みながら、遠い街から、宙を飛んできた温かな言葉の数々に

涙が流れました。

孤軍奮闘という文字が、跡形もなく消えていくのを感じたのです。

名前も声も顔もわからない遠い街の人からの言葉があった。

私は、体の痛みも忘れて、掲示板へ書き込みました。

嬉しくて、ありがたくて、思わず指がキーを叩いていました。

 

無事に還って来ました。
こんな書きかたおかしいけれど、
でもね。本当にそんな気持ちなの。
そして、帰宅して、パソコン開いたらね
暖かい言葉がいっぱいあって、まあちゃは、
泣いてしまいました、
こんなに、応援していてくれたのかって・・おもって。
改めて。パソコンの素晴らしさを思いました、

日本の南から北から海の傍から山の中から
いっぱい言葉が飛んできていて、
孤軍奮闘・・そう思っていたのだけれど、
そうじゃなかったって、判ったの。

本当にありがとう。
徐々に体力をつけて、また、皆様と
色々とお話していきたい。。

涙がいっぱい出てしまったけれど、
この涙。決して忘れません。
ありがとう。

傷を見るたびに、頂いた暖かい言葉を
きっと思い出す。

まあちゃは、これからも
明るく逞しく、チョット頼りないけれど、
踏ん張らずに生きていきますね。


・・・とこんなふうに書き込んだのです。

本当にありがとう。

とても嬉しかった、まあちゃはまたひとつ強い女になりました。

これから・・くじけそうになったときは、この日々雑感読み直しますね。

入院中のこと・・・次に少し書いてみます。