大震災

 

阪神淡路大震災

あの日から、もう、9年経つのですね。

今朝、偶然にも、目を覚まして時計を見たら、5時46分だったわ。

9年前、ちょうど地震が発生した時間だったのよね、

あのころ、平成7年という年は、仕事が超多忙な年で

休暇さえ取れなかった年だった。

地震発生の報が出て、義捐金の受付を始めると、

貯金箱持った小さな女の子、万札をドッカと

おいていく年老いた男性。義捐金は見る間に

額を上げていったっけ。

そんななかで、仕事から解放されたときに。。。

私は、言い知れぬ不安に駆られてしまっった。

身も心も、押し寄せる不安で、がんじがらめになってしまった。

「もし、今、巨大な地震が発生したら、我が家はどうなってしまうのだろう」

「yukioをどうやって外へ連れ出そうか」

「急いで、階段下りられるだろうか」

「yukioを担げるだろうか」

「私が守らなければならない」

「私は誰が守ってくれるのだろうか」

「ああ・・私はいい、せっかく、せっかく、ここまでよくなった

yukioを助けなければならない」

死傷者の数値が上がるにつれて、私の不安も膨らんでいったのです。

一種のパニック症候群みたいだった。

大きなリュックに非常食品を詰め込んだり・・・

すぐ着られるように洋服を枕元に置いたり・・

階段のところの本棚を撤去したり・・・

 

そんなある日・・・義姉から電話があった。

思わず、自分の気持ちを言ってしまったら・・・

しっかりもので、気強い義姉は・・

「まあちゃ、なに言ってるよ、地震が来たときは来たときなのよ

いつも一緒にいるわけじゃないでしょ、来たときは来たときなのよ」

そう・・ポンポンポンって言われて・・・・・。

なんか、何かが吹っ切れたような、「そうかっ」って思えたような。

ふっと心が軽くなっていったのです。

誰にも言わずに、「どうしよう」と思っていた自分が

なんか、こっけいにさえ思えてきたのです。

「そうか・・・来たときは来たときなのよね、そう。。来たときは来たとき」

そんなふうに何回も言ってしまったのです。

yukioは強い人だから、大丈夫・・・そう思えてきたのです。

人って、

ひとつの思いに、とらわれてしまうと、とんでもなく

追い込まれていってしまうのよね。

今日は、

9年前のパニックに陥った私を思い出して、

苦笑しています。

そうそう、

メグさんの「自然写真館」Gallery

「阪神淡路大震災・・忘れられないあの日」と題して、

70枚の大震災の写真集があります。観にいってみてください。

 

2004.01.17