一通の手紙

 

 

まあちゃの街から、遠くはなれた街のギャラリーで

yukioの「左手の世界作品展」を開いたら、

沢山の温かなコメントが、

芳名帳に書き込まれていました。

その一言一言をじっくりと二人で読みました。

「ありがたいねえ」って言いながら。(^O^)/

 

そして、今日、一通の手紙が届いたわ。

yukioにも、声を上げて読んで聞かせました。

手紙を読み終わって・・・・。

「作品展、やってホントによかったねっ」って言ったら、

「うん」と言いながら、目をしばたたいていたわ。

 

そのお手紙・・・一部だけれど・・・一緒に読んでください。

 

朝からしとしと小雨が降っています。

お疲れはないですか?

お二人との出会いは、私にとって、とても大切なものになりました。

6年前に主人が倒れてから、生活は大きく変わりました。

入院した翌日、ひどいめまいに襲われるようになり、主治医から、

「進行しています、何が起きるが分かりません、

覚悟してください」と言われたり、

その危機が去り、リハビリに入ると、

這うことも忘れた主人がそこに居ました。

必死のリハビリ、それもこれも、社会復帰、したい一念でした。

それも叶わず、24時間、365日、

家に居る生活が始まりました。

そのころから、私は自分の力では、どうしようもないことが、

起きているのだと感じ、何処まで落ちるか、

見極めてやろうと思っていました。

そこから、這い上がればいいと・・・・

元に戻るのではなくて、起きたことを

受け入れて、進んでいけば、いいと・・・・。

 

そして、また、2年前の3月に大動脈瘤破裂。

少し健康に自信を取り戻しかけた矢先のことでした。

この病気で、また、我が家は、病人の居る生活になってしまいました。

お腹を大きく手術したことは、体力も低下させましたし、

気力も、それに比例して、低くなりました。

そして、退職金(スズメの涙ほど)を

つぶしてきたですが、残り少なくなってきたと主人から言われ、

収入を少しでも入れなくてはならなくなり、必死でした。

 昨年の11月に、主人が「もう、ひと働きする気になった」と言い、

再就職の口を見つけて、仕事に出てくれるようになり、

時間的にも、経済的にも、以前のようではなくなった今、

yukioさんとまあちゃさんにお会いしたのです。

気がついてみれば、自分の気持ちを外に出すこともなく、

ただただ、夢中の6年でした。

「言葉がでない」のまあちゃさんの文章に出会った時、

胸の中の

人に言えなかった想いが、一気に噴出してしまいました。

泣かせてくださって本当にありがとうございました・・・・・・。

このことがあってから、残された人生を

大切にそして、力強く生きていこうと思うようになりました。

そして

自分らしくって、・・・・。自分にしか出来ないことって・・・・。

何かしらと・・・・。考えるようになりました。

探してみますネ。

 

・・・・長い長い手紙でした。

ここに紹介したのは、お手紙の3/1です。

左手さんもまあちゃも、読み終わったときに、

こんなふうに受け入れてもらえて・・・良かったね。

ホント・・・やって、良かったねって言ったのです。

私たちの生き方が、

同じような境遇の方の心の襞に入り込んで

温かなものとして、受け入れてもらえた。

こんなにうれしいことはありません。

 

そしてね、最後にね、「言葉がでない」は・・・・・

「yukioへのラブレターだね」って、書いてあったわ。

彼女の笑顔が浮かんで消えて行きました。  (^^♪

 

 

2004.05.07