無言館

 

もう、10数年続いている小学校6年3組の旅行。

恩師は80歳。元気に毎年一緒に行ってくれるのよ。

その理由がふるっているのよね。

「私が引率しないと、大人になったあなたたちは、

いけないこと 考えるから」(#^.^#)

なんて言いながら、一緒に行ってくれているわ。

歩いていると・・・

「車が来るよ、気をつけなさい、右側を歩きなさい」

・・・って言うのよね。恩師の前では、まあちゃたちは。

み〜んな12歳になってしまうのよね

今年は、別所温泉へ行ったのだけれど、

漢字しりとりの書き込みで情報のあった、前山寺へよって、

涼やかな風に吹かれながら縁側で、「くるみお萩」を

みんなでパクパク・・・程よい甘みで、とって〜も美味しかった。

 

そして、

前山寺のほど近くにあるひとつの建物へ向かったてす。

 

 

戦没画学生慰霊美術館

無言館

十字架形の建物の中には、

太平洋戦争で、志半ばで戦死した

画学生30余名の遺作が

展示されていた。

 

館内へ入るまでは、くるみお萩のことで盛り上がっていたけれど、

一瞬の間に、みんな、口を噤んでしまったわ。

そこには、熱い想いがほとばしりでた強烈な絵、

優しい色合いの風景、母を、妹を、家族を、恋人を、優しく描きあげ、、

妻の裸体を描いた絵も展示されていたわ。

飾られた絵画は、描いた場所も、時も、景色も、みんな違うけれど、

絵画から、無言で、語りかけて来るものがあったのよね。

「生きていたんだ、描いていたんだ、描き続けたかった」と。

そんな声なき声が聴こえてきたのね。

そして、

ひとつの絵に、吸い寄せられてしまって、しばし佇んで

ジット見入ってしまったの。

「あさぼらけ」と題した、大木の絵。

根元から大木の途中までが描いてあり、

その大木の下方には、確りと羽を広げた鳥が飛んでいる・・・・・。

この絵から、希望を見失った心を見てしまったように思えたのよね。

けれど、

理不尽な時代に生まれたがために、描き続けることが出来なかった画学生の

数多くの絵からは、今、生きている喜び、父母への、家族への感謝、

そんな気持ちも伝わってきたわ。

 

生きていたなら、80歳から90歳・・・どんな絵を描いたのだろうね。

 

2004.06.29