記憶のそこ

 

普段、記憶の奥底に押しやられていたことが、

ふと、手にしたもので、ありありと甦ってくることがあるよね。

お片づけをしていたら・・・

机の上の三段のスチールの引き出しから、

息子が、10歳の時に書いた読書感想文が出てきた

 

荒野に猫は生きぬいて」 四年 ○○大介

 はじめて、この本を手にしたとき、表紙の素晴らしさに、

目をひかれた。「荒野に猫は生きぬいて」この題と、

太陽に向かう一匹の子ネコの姿は、

何か、ぼくには力強さが感じられた。

一度は、人に飼われたネコだったけど、

産まれて12週間目にすてられた。

自分で、エサをさがして、生きていかなければならなくなった。

ネコのすてられていた所は、寒い風が吹きつける

ねんど採集場で、とても、自然のきびしい高原だった。

この世に生まれたかぎり、何の一生もきびしいもの、

このネコの一生もそうだった。ある時は、

火事や水害などにやられ、きずをうけ、のどが、

からからでもがまんしなくてはならない。

また、ある時には、どろ水を飲んだりし、

あてもなく、四方八方へと旅をつづけた。

こんな子ネコが、苦しくても、苦しくても

死ねないこの子ネコが、かわいそうに思えた。

人間も、このネコに、色々な仕打ちをした。

頭から冷たい水をかけたり、わなをしかけたりした。

この時、ネコはどんなに人間をうらんだことか、

そして、みじめな思いをしたことか、

この世の中に、だれひとりとして,自分より弱い者に、

ひどい仕打ちをしない人がいるだろうか。

ぼくは、幼いころから、運動神経がにぶく、何をやっても、

みんなからからかわれたり、バカにされたりした。

なんどくやしくて、涙を流したことか、

四年生になってさえ、みんなは、ぼくをばかにする。

死ぬことさえ考えたこともある。

しかし、荒野で力強く生きぬこうとするネコの姿を見て、

なんてぼくは、いくじなしなんだろうと思った。

最後にネコは、老夫婦に出会ったが、すでに人間を

信じなくなってしまっていた。

老夫婦のやさしさにたいしても、そっぽを向いていた。

しかし、現代のきょうきである車にひかれ、

きとくじょうたいになった時、はじめて、老夫婦の愛情を知り、

天国へ去った。

ぼくは、ネコがやっと幸せをつかんだのにとおもうと、

ネコがかわいそうで、涙が出た。

ネコ一匹死んでも、悲しむ人がいない世の中だ。

ぼくは、これから先、長い間生きていく。

そんななかで、ノラネコが一匹死んでも、悲しむ人でありたいし、

また、どこかに、ぼくといっしょに悲しんでくれる人が

いることを願う気持ちだ。

 

読み終わって、

少し涙目になってしまった、まあちゃとyukioでした。

遠い遠い日・・・・。

記憶の底に追いやられていた

26年も前の白いセーターを着て、紺の半ズボンを履いた

息子の笑顔を思い出しました(#^.^#)

 

2007.01.19(金)晴れ